現代イタリアの名工「ロレンツォ・カッシ」

ロレンツォ・カッシ
ロレンツォ・カッシが工房を構える「ピアネッロ・ヴァル・ティドーネ」
ロレンツォ・カッシ
ロレンツォ・カッシ
2020年春に仕上がった「ピエトロ・ガルネリモデル」に使用した内枠。

ピエトロ・ガルネリ(1655-1720)
有名なガルネリ・デル・ジェスの伯父に当たります。デル・ジェスの兄のピエトロと区別するために「マントヴァのピエトロ」と呼ばれています。父のアンドレア・ガルネリはニコロ・アマティの下で製作を学び、製作家として大成功を収めました。1655年生まれのピエトロは若くして父を手伝いましたが、ヴァイオリンとヴィオールの演奏家としても著名であったため、音楽愛好家であったマントヴァ公に呼ばれ1680年ごろにクレモナを離れます。マントヴァでは、演奏家として活動する傍ら製作家としても活動しました。経済的に安定していたためか、ピエトロはあまり多くの楽器を残していません。しかし、現存する楽器のほとんどは素晴らしい材料で製作されており、かつ類稀れな個性と精緻な技術で製作されたとして高い評価を受けています。
なお、クレモナで父アンドレアの跡を継いだのが1666年生まれの弟ジュゼッペ、さらにその息子が1695年生まれのピエトロと1698年生まれのデル・ジェスとなります。デル・ジェスの兄は、1717年にヴェネツィアに移って活躍し「ヴェニスのピエトロ」と呼ばれています。クレモナの工房はデル・ジェスが支えましたが、この時代はストラディヴァリ家が全盛を極めたため、ガルネリ家は厳しい経営状況だったと考えられています。

ヴァイオリン「ピエトロ・ガルネリモデル」

ロレンツォ・カッシ ヴァイオリン ピエトロ・ガルネリモデル
ロレンツォ・カッシ ヴァイオリン ピエトロ・ガルネリモデル
ロレンツォ・カッシ ヴァイオリン ピエトロ・ガルネリモデル

2020年春に仕上がったこのヴァイオリンは、ロレンツォ・カッシが製作した2本目のピエトロ・ガルネリモデルとなります。はじめて製作を依頼したのは2015年でしたが、翌年以降ガダニーニモデルの創作に取り掛かってもらったため、しばらくこのモデルの製作を行っていませんでした。ピエトロ・ガルネリの楽器の魅力は、素晴らしい材料と高い精度をもって製作されたことで、これは同時代においてはストラディヴァリの他に類を見ません。この現代において、最高の材料と精度にこだわって製作するロレンツォ・カッシが取り組むのに相応しいモデルだと考え、再度の製作を依頼しました。

父の師ニコロ・アマティの影響を強く受けた作風を持つピエトロ・ガルネリ。このヴァイオリンも同じように、丸みを帯びたエレガントなアウトライン、少し高めのふくよかなアーチングを持っています。一方で、抜群の均整を持ち細部に至るまで完璧に仕上げられ、通常であれば冷たさを感じてしまうはずの精度を誇りながら、少し遠ざけて眺めたりまた限りなく細部を凝視した時に逆に暖かさを感じてしまうのは、ロレンツォ・カッシが持つ優れた造形的感性によるものです。演奏面では、彼の楽器に共通する「スムーズなレスポンス」「抜群の弾きやすさ」「各弦のバランスの良さ」が特徴です。ロレンツォの音楽的感性は、どのモデルを製作しても同じ方向を向いており、それが彼の楽器の大きな魅力となっています。なお、こちらの楽器については試奏可能ですので、ご希望の方は是非【お問い合わせ】ください。


《ロレンツォ・カッシの師 ビソロッティ》

フランチェスコ・ビソロッティは1929年にクレモナ郊外の街で生まれました。少年期に第二次世界大戦を経験し、戦後は木工職人として働きながらヴァイオリン演奏を学びました。1957年にクレモナ国際ヴァイオリン製作学校に入学、ちょうどその年にピエトロ・ズガラボットが教授としてパルマから招かれ、ビソロッティはズガラボットの下で楽器製作を学ぶことになります。ビソロッティがサッコーニに出会ったのは、1958年のことでした。製作学校を卒業後、サッコーニが活躍するニューヨークの「ウーリッツァー社」での仕事に誘われましたが、すでに結婚し家庭を持っていたビソロッティはアメリカへの移住を断りました。

フランチェスコ・ビソロッティ
フランチェスコ・ビソロッティ(1929-2019)
2018年9月に撮影

ビソロッティはクレモナで製作を続けましたが、サッコーニは1962年から1972年までの間、毎年の夏休みを利用してクレモナに滞在、ビソロッティの工房で研究や指導を行いました。この期間にクレモナの博物館に保存されていた「ストラディヴァリの遺品」をサッコーニと共同で整理・研究したことにより、ビソロッティはストラディヴァリの製作方法に対する深い知識を得ることができました。この経験が「ビソロッティのメソッド」を発展させることになります。

ヴィンチェンツォ・ビソロッティ
ヴィンチェンツォ・ビソロッティ(1958-)

フランチェスコ・ビソロッティの三男として生まれたヴィンチェンツォは、幼少の頃より父の工房で弦楽器製作に親しみました。クレモナ国際ヴァイオリン製作学校では1980年から20年以上に亘って教鞭を取り、ロレンツォ・カッシをはじめ数多くの生徒を育てました。多くは語らず、しかし厳しい姿勢で生徒の作品に接することで有名でした。現在は父亡き後の工房を、兄のマルコ・ヴィニーチョと共に支えています。

ロレンツォ・カッシ
ビソロッティのメソッドでは、パフリングを自作することも重要です。
ストラディヴァリが使用したとされるレシピに従い、薄くスライスした3枚の板を張り合わせて製作します。

最後までご覧いただき、ありがとうございました。


〈参考文献〉
・G.ニコリーニ/G.スコラーリ『バイオリンの誕生』(橋本剛俊訳)ストラディバリ出版(1993)
・Simone Fernando Sacconi, THE “SECRETS” OF STRADIVARI, Libreria del Convegno, Cremona 1979
・Marco Vinicio Bissolotti, The Genius of Violin Making in Cremona, Edizioni Novecento, 2000
・Paolo Parmiggiani/Andrea Zanrè, VIOLIN MAKERS: The Renaissance of Italian Lutherie, Edizioni Scrollavezza & Zanré, 2013
・John Dilworth, “In Praise of Guadagnini” The Strad, vol.122 no.1458 (October 2011): p.36-44.
・Alberto Giordano, “Guadagnini violin” The Strad, vol.125 no.1490 (June 2014): p.34-42.
・Balthazar Soulier, “Sol Gabetta’s Instruments” The Strad, vol.127 no.1516 (August 2016): p.36.
・Philip Kass, “Pietro Guarneri of Mantua” The Strad, vol.128 no.1523 (March 2017): p.50-54.
・Tarisio, “Guadagnini’s cellos”, April 6, 2016
・Tarisio, “Interview with Francesco Bissolotti”, June 7, 2017

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